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小島慶子の母と摂食障害 [拒食症の原因と母親]

小島慶子の母と摂食障害というタイトルで、記事を書きたいと思います。

エッセイの中で、度々母親との関係で、摂食障害になったことや思いなどを、断片的に書き綴っていたという小島慶子、彼女が、2014年2月に発売した「解縛 しんどい親から自由になる」という本の中で、母との複雑な関係と、摂食障害だった経験を書き綴って、話題となっていたようです!

最近では、日テレの女子アナに内定していた女性が、研修期間中に、銀座のクラブでバイトをしいていたことを、人事担当者に話したところ、なんと!せっかく受かっていた日テレのアナウンサー内定が、取り消されたため、裁判を起こしていることに対して、3000字に及ぶ文章を、日経ウーマンオンラインに寄せた内容が、話題となっているようです。

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母との関係を告白した小島慶子.jpg
*母との関係を語った小島慶子

テレビのコメンテーターとしても、かなり歯切れのいい言葉を吐き出すことでも有名な小島慶子、元はTBSアナウンサーでした。1995年4月に入社したのですが、2010年4月3日に、TBSを退社後は、キャスト・プラスに所属しながら、タレントとしてい活動を続け、その後はオスカープロモーションに移籍しながら、仕事を続けています。

そんな、キャリアウーマンでもある小島慶子が、母との確執や、関係が原因となって、摂食障害となった事実を語ったこの本、かなり話題となり、多くの女性達の心を、代弁した形となったようで、勇気づけられた人も沢山いるのではないでしょうか?

母が嫌い、実は、このような思いを持っている人は、とても多いようです!親には申し訳ないけれど、本音を言えば、個人的に私も、母が嫌いな小島慶子と同じ思いを持って、育ってきました。この記事では、それらについてみていきながら、現在2児の親となり、専業主婦となった夫の代わりに、一家の大黒柱として働いてる、小島慶子という人物についても見ていきます!

母が嫌い、重い、うざい、こう思っている人が多い事実に、実は内心、ホッとしたのは私だけではないのでは?小島慶子は、幼少時代から、母親の呪縛や、洗脳されるように言い聞かせられる言葉に苦しみ、戸惑ってきたといいます。

なんでも、小島慶子の父親は、商社マンとして、色んな国に赴任していたため、彼女はオーストラリアのパースで生まれています。

現在は、自身の家族とともに、同じ地で暮らしているようです。そのような関係で育ったため、母の考えは、とても狭く、そして偏っていました。

「一部上場企業に務める男性と、結婚することこそが女の幸せ」と話、この言葉を、小島慶子の母は、何度も繰り返し言い聞かせながら彼女を育てました。姉が一人いますが、小島慶子に対する、母の干渉は、非常にきつかったと言います。

ここからは、小島慶子の嫌いだった母が、彼女にどのような影響を及ぼし、どんな風に干渉していたのか?見ていきましょう。

幼少時代から、とても上流階級意識が強い方であったようです。

小島慶子は、女子中高一貫校である、学習院大学中等部、高等部に通っていました。この学校は、いわゆる名家と呼ばれる家の娘や、富裕層の家の子供が通う学校で、母は、上流階級に強い憧れを抱いていて、それと同時に、格差に内心嫉妬していたようです。

これらの、母の中にあった、社会的な認知の歪みと、小島慶子の中の思いが、大きな葛藤を生み出しながら、成長していくプロセスの中で、彼女にとって、親が嫌いというよりも、自分の分身と考え、過剰に干渉してくる生き方に対して、強い反発心を感じながらも、逃れられない母という呪縛に、苦しめられてきたといいます。
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なんでも、小島慶子の友人に対して、父親の肩書などで判断し、あの子は2流の家の子だと平気で話、その言葉に苛立つ娘に向かって、一体何が不満なのかと、首を傾げる様子に、嫌いを通り越して、非常に強い嫌悪感を感じたと、小島慶子は文章などで綴ったり、インタビューで語っています。

お嬢様学校に通う娘は、ただのサラリーマン家庭の娘である、という事実を見るのではなく、とにかく世間の目を気にしながら、裕福な暮らしをすることを推奨した母の姿は、小島慶子にとって、嫌いと感じる思いもありましたが、逃れられない母の存在と、言い争ってもまったく解決しない、分かり合えないことに対する葛藤が、成長期の小島慶子を、さらに追い込んでいったようです。

元々、高齢出産で彼女を産んだため、かなり強い愛情を注いで育ててくれたようですが、それがあまりにも「普通」からかけ離れていたようです。

そのため、なにかと小島慶子に対して、難癖をつけてきたと言います。15歳の時に、姉が結婚して家を出てからは、母の関心が、彼女に集中するのが怖く、摂食障害を患ったようです。

最初は、拒食、その後は過食嘔吐でした。見たいものしか見ない、そんな性格の母に対する、嫌いという思いはどんどん膨らみ、小島慶子の内側で、多くの葛藤が、非常に複雑に絡み合い、どうしようもない状態になっていき、摂食障害という症状が出たのですが、父に相談しても、「家の中はまるくて温かい方がいいからケンカは辞めて」といわれてしまい、まったく解決に向かっていかない状態に、本当に大変な思いをしてきたそうです。

これを、父親の無関心ともいいます。摂食障害などの専門家も、この状態は非常に問題だと指摘している方もいます。

小島慶子が嫌いだった母は、娘は自分の延長にいる、味方だと信じて疑わなかったようです。それだけでなく、15歳頃から摂食障害となった娘の状態を、心配する様子は見られず、大量に食べて吐く行為を繰り返していた小島慶子に向かって、「トイレが臭うから辞めて」などと、心身をいたわる言葉は、かけてもらえなかったようです。

その後一人暮らしを始め、仕事を始めた小島慶子でしたが、嫌いな母の干渉は、さらにヒートアップしていきました。

彼女が出演する番組は、すべて見るだけではなく、いちいち言葉でダメ出しをしてくるのです!これには、小島慶子も発狂しそうになったと話していますが、経験者の女性にとっては、笑ってしまうほど理解できるものですよね!

母との関係から、摂食障害を患った経験を持つので、思わず私も「分かるわぁ」と感じながら、インタビューなどを読んでしまいましたが、この過干渉、一体どんなものが関係しているのか?

なんでも、母親は娘に、自分の姿を投影するといわれているのですが、これは、同性ゆえに、当たり前のように起こってしまうものでもあるようです。

そして、小島慶子の母のように、ズカズカと娘の人生に入り込んできたり、独裁的に支配しようとしたりする重い母だけではなく、めそめそすることで、弱いと感じさせ、母が幸せでないのは私のせいかもとか、母を悲しませたくないという思いを、娘に抱かせることで、結果的には支配をする、という親もいます。

さらには、ネチネチ言いながら、娘の人生に干渉してくる母もいて、これはかなり、一筋縄ではいかない、深い問題をはらんでいる、本当に面倒であり、家族だからこそ切っても切れない絆があるため、小島慶子の言葉ではありませんが、摂食障害になるほど、発狂しそうになる気持ち、私も経験者なだけに、よくよく理解できます。

最近では、小島慶子の母のような存在を、毒親という表現で嫌いだと、堂々と言える人が増えたのは、個人的に良い時代になったなと思います。

私自身も、親との強い葛藤を抱えて、それでも嫌いだけれども、捨てられない母との関係に、非常に発狂しそうなほどの苦しみを経験し、摂食障害を抱えてきたので、このように、はっきりと表現できるというのは、多くの抑圧が、社会から開放されている証拠でもあるのだろうなと、強く感じるからです。

ある、引きこもりや摂食障害などの、臨床専門家であり精神科医の方が仰っていたのですが、このように、母と娘の葛藤が社会に出てくるようになったのは、それ以前に、女性や母親という存在の、社会からの抑圧が、軽減されてきたために、問題として浮上しやすくなったという説に、個人的に納得したことがあります。

これらの問題は、家族という関係性ゆえに、とても複雑なだけではなく、親なんだからという思いや、子供は自分のものという考えも、根深くある社会の中では、非常に表現しづらいものも多くあると思います。だからこそ、摂食障害などの症状で、なんとか吐き出そう、表現しようとしてしまうという面もあるのではと、経験者としても思っています。

そんな中でも、小島慶子が経験した、摂食障害の、患者を抱える家族は、それぞれが自己中心的でありながらも、実はお互いの結びつきが強く、思考や感情を共有する傾向が見られると、この専門医も指摘しています。

この家族の問題は、小島慶子の母と同じですが、相手の考えていることを、すべて理解しているかのように振る舞い、どんなに違うと本人が話しても、自分の推測や、価値観を押し付けるのです。

これは、経験者としても、うなづくしかありません。「違う」って言ってるのに、さも「分かっているから」みたいな態度で、常に接してくる母や家族に、うんざりしてきた経験を持っている人は、多いのではないでしょうか?

もちろん、このような環境で育った人が全て、精神疾患にかかったり、摂食障害になるわけではありません。これらは、家庭の数だけケースも様々ですから、一概にひとくくりに出来るものではありませんが、ただ、摂食障害となった小島慶子のような、こじれてた親子関係においては、「うちの娘はこうだから」「母はああいう人だから」という決めつけや、間違った理解の応酬が、度々見られるようです。

実は、感情面での同一化は、同性同士のほうが、ずっと深いレベルで起こりやすいと、摂食障害などの専門家も指摘しています。

これは、身体性の問題が深く絡んでくるようです。そもそも、本当に母が嫌いであったら、同じように子供を産んで育てるという道を歩むか?

これは、一人ひとりの選択がありますから、可能性の一つの話をすれば、心から、母が嫌いで、あのような生き方をしたくないと思っていたら、同じように、子供を育てようとか、産もうという気持ちにはなりにくいのでは?

結局は、相手を嫌えるというのは、好きという思いがあるからではないでしょうか?気にならないのなら、苦しくありません。

小島慶子のように、摂食障害になるほど、母を嫌いながらも、逃れられない親子関係に、悩む人は多いのではないでしょうか?

好きという気持ちが根底にあるからこそ、嫌いという思いが生まれる。人間の心とは、摩訶不思議なものですが、こう言われると、個人的にも確かにそうだと、降伏するしかありませんでした。笑
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そもそも、興味が無い、なんとも思わないものに対して、人間は不快感を感じることはありません。まず視界に入っても、スルーできるし、気持ちも穏やかなままでいられる。これが家族であり、親だからこそ、嫌いという感情が芽生える、ここは本当に、複雑怪奇です!

母と娘の権力関係には、次のようなものが、よく見られるようです。

「あなたの為を思って」と話す親は、実はその、大義名分の元に、自分の願望と理想を押し付けようとしているのです。そして、小島慶子も結果的には、母を嫌いながらも、親の望むような相手と結婚することを、どこかで受け入れ、喜ばせてあげたいという考えを持っていたことも明かしていますから、ここは本当に複雑です。娘は母の欲望を先取りするかのように、表面上は反発しつつ、それらの支配に、逆らえないのです。

母は娘を、自分の分身扱いとしながら、無意識に自分と同じ価値観や感じ方を強要します。例えば、夫の愚痴などを話、感情を共有をしようとします。

これは、親子だけではなく、たとえば同じ同性同士で、話をしている人の中にも、似たようなケースは多く見られます。これが家族の中で起こるからこそ、強い葛藤を抱えこんでしまう。この状態は、娘にとっては、摂食障害を発症したり、発狂するほどのしんどさであり、母にとっては、理解してくれない娘に対して、強い葛藤が起こってしまうという、悪循環を招いてしまいます。本当に、深い闇でもあります!

条件付きの承認というやり方を、母親が娘に押し付けるケースもあります。小島慶子もそうだったようですが、結婚したら認めてあげるというようなメッセージを、日々「結婚しないさいよ」という言葉の中に隠しているのに、矛盾しているのですが、娘に過干渉したりしながら、手元に置いておきたいという願望も、見え隠れしてしまうのです。

これは、娘にとって、非常にしんどい心理状態でもあります。自立しろと言われながらも、側に居て欲しいという、無言のメッセージを受け取るのですから、心身ともに分裂状態になってしまう人が出てくるのも、当然です!

これらの、母からの引力から逃れるために、家を出る女性も多いそうですが、ここから逃れられなかった子供は、引きこもりになるケースも目立つようです。

小島慶子は、家を出たのですが、母の過干渉は、その後も続いたようです!仕事でクタクタになって家に戻ると、留守電が点滅していたり、長々とファックスが届いていたりと、家族だから「ストーカー」と呼ばれることはありませんが、やっていることは、ほぼそれと同じようなものです。

個人的な経験ですが、仕事から戻って、クタクタだった私の元にも、親から留守電や、朝早くから頻繁に電話がかかってくるなど、離れて暮らしていても、干渉される現実に、どうしようと、一人悩んだ日々もありました。

経験者の方にとっては、非常にデリケートであり、複雑な問題なだけに、母が嫌いという言葉だけで吹っ切れるほど、簡単なものではありませんよね?摂食障害は、意外と奥深い根っこが潜んでいるようです。

小島慶子と、母との関係に、変化が出てきたのは、彼女が結婚して出産した後からです。30歳の時に初めての子供を出産したのですが、その子を抱く母を見た瞬間、強い嫌悪感を感じたようです。

ようやく、精神的に母から開放される準備が出来たのだと、個人的には経験者としてもそう感じるエピソードですが、その後、母からの電話がくると、熱を出し、大事な家族に八つ当たりをしてしまい、怒りが抑えられない自分が怖くなったと、小島慶子は話しています。

それがきっかけで、33歳で、次男を出産した時に、カウンセリングと出会い、それは、母や家族に対する、抑圧された思いであり、摂食障害などを発症したことなども含めて、苦しんでいいんだというカウンセラーの言葉に、ホッとしたそうです。

自分は、ひどい娘だとどこかで思っていたのだけれど、これをきっかけに、不安障害を発症し、さらにカウンセリングを続け、家族との関係を見つめなおすことで、彼女は「諦める」という選択をしました。

嫌いな母は変えられない、自分なら変えていけることに気付かされ、その後は7年間も親に会わなかったそうです。

よく決断したと思います。勇気を持って、自分のため、そして生まれてきた子供や夫のために、自分を変えていこうと決心したその気持は、大きな転機となって、小島慶子の人生を変えていきました。

摂食障害を経験した私自身もそうだったのですが、家族だからこそ分かってくれるという思いが、やはりどこかにあり、理解されないことに、勝手に怒りを感じてもいました。

随分勝手な思いですが、家族だからこそという、この呪縛や甘えが、この、摂食障害などの問題の根底にあることは否定できません。

だからこそ、お互いに精神的に自立する、これは家族同士とても重要なことでもあります。娘は同性だからこそ、距離を取って接し、母だからこそ、尊重しながら、一人の女性としてどう生きてきたのか、それら興味を持ち、どんな風に考えている人なんだろうと、客観的に家族という人間を見つめる作業は、摂食障害を克服していくプロセスの中で、個人的にも、とても重要なやり方でもあったと思っています。

では、何故母がこれほどまでに、干渉してしまうのか?実はこれには、周囲の人たちが、母親という存在に対して、過剰に期待しながらも、本人は自然に育ち生まれてくる子供に対して、無力だと感じている矛盾からきていると指摘する専門家もいます。

この矛盾の中で、母は、非常に強い罪悪感や、責任感を感じてしまい、その思いが強いことで、成長した子供に対しては、それが強い期待へと変化していくようです。

ここからは、ある研究をした心理学者の行った、調査を見ていきます。名前は「ハリエット・レーナー」、子育てをする人たちの、心理分析が専門です。

娘が母親から受ける影響について、いくつかの高校で試みた調査の結果、娘が母に感じていることは、次のようなものでした。小島慶子が感じていたことなどと一致します。
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娘を構いすぎるか、よそよそしく突き放すか、、厳格すぎるか、期待をしない、条件付きの愛情、共感的ではない、一心同体など。これらの結果を見ると、いかに母が娘に対して、ほどよい姿勢を保つことが難しいかが、よく理解出来るのではないでしょうか?このような観点から見ても、小島慶子のように、母を一人の人間として突き放してみることで、客観性を持ち、相手は変えられないけれど、自分なら変えていけるという事実に気付くことは、非常に重要となります。

そして、ここもまた、個人的に、摂食障害経験者として、非常に重要な部分だと思うのですが、では何故、小島慶子の母のように、娘から嫌いだと思われるのに、生き方を押し付けるような、干渉の仕方をするのか?

これは、この女性が抑圧されてきた社会の中で、生き抜いてきた母の、経験から導かれた、知恵の伝達とも捉えられるのではと思います。

実際に私も、母にそのような言い方をされた記憶がありますが、それだけ、これまでの社会は、様々なシーンで、多くの人が、抑圧されて生きてきたという現実があります。それらを含めて、この問題について見ていくと、生き抜くための知恵を伝授しようとした、母の優しさでもあったと考えられます。

ただ、時代の流れは現在、非常に速い速度で変化していて、親の世代と違う現実が広がりつつあります。残念ながら、まだ多くの親にとっては、これが見えていない人が多いため、それらの配慮が足りない部分で、余計な介入になってしまっている状況でもあるようです。

個人的経験ですが、私も嫌いだった母から離れることで、一度自立に成功したかに見えた時期がありました。ですが、その後、それでも、干渉してくる親から逃れられたと思ったのは、自分の一方的な幻想であったことを痛感することになりました。

肉体的に離れて暮らしたとしても、精神的な部分で、割り切りが出来ていなかったため、その後は、摂食障害などを発症することで、真正面から、この問題と真剣に向き合う時間を持つこととなりました。

やはり、同一化してしまいがちな母と娘の関係を、きちんと見なおしていきながら、親と自分は家族だけれど、他人だという線引をすることは、摂食障害を克服するための、感情面の開放にも、非常に役だったと思っています。

嫌い=好きだからこやっかい!そんな親との関係に、心底しんどい思いをしてきた人にとって、小島慶子の発言や、摂食障害などの経験からの言葉は、力強いものとなるのではないでしょうか?

嫌いだからこそ疲れる、家族だからこそ、関係が強いため、逃れられない何かを感じ、葛藤が強くなり、摂食障害などの症状を出していき、泥沼化しやすい関係、真剣に向きあえば、問題だと思ったものは、実は解決策が目の間にあったと、気づけるものでもあり、難しいのではなく、感情が絡んでいるためそう見えただけで、突き放してみれば、すごく楽になれる、こだわったり、深刻になるのではなく、笑い飛ばせば楽にもなります。

最後に、小島慶子のプロフィールを見ていきます。1972年7月27日生まれの42歳です。アジア人女性としては、身長が高いですね、172cmもあり、スラリとした美人でもあります!

なんでも、嫌いだった母は、女優にスカウトされるほど、濃い顔立ちをされているそうですから、家系なのでしょう。学生時代、親から、テレビは21時以降見てはいけないと言われて育ったため、ラジオのヘビーリスナーだったそうです。

2000年に、一般男性と結婚、相手の詳細は公開していません。先ほど書いたように、33歳で次男を出産した後、なんと!2010年の、38歳の時に、水着のグラビアに挑戦しました。

先程も書きましたが、2014年2月に、会社を辞めた夫と、子供と共に、パースに移住したことを発表しています。月の半分は、仕事のため、日本に滞在しながら、行ったり来たりの生活を続けているようです。

なんでも、お子さんのために、最適だと思った、教育環境があったためでもあるようです。現在、専業主婦ととなった夫と共に、海外でのんびり?と暮らしているようです。

人と接するときに考えていることに、「等価で無二」というものがあるそうです。これは、「すべての人間の価値は同じで、すべての人が替えの利かない存在なんだ」というものです。

こう思うことで、共感する気持ちが高まるのだとか!嫌いな母との葛藤を、摂食障害を経験しながら、見事に乗り越えてきた、小島慶子が言うと、説得力が増しますね。

母が嫌い、そんな感情や葛藤を、摂食障害などの症状と共に乗り越えてきた私も、小島慶子の生き方に、エールを送りたい気分でいっぱいとなりました。この記事が、なにかあなたの人生に役立てば幸いです!

嫌いだった母について、小島慶子は、赤裸々に語るだけではなく、摂食障害などの、解決方法についても、シンプルにまとめています。家族だからこそ深い、だからこそシンプルに!大事なことなんですね。

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