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岡村隆史がうつ病を克服 [うつ病・パニック障害になった芸能人]





【岡村隆史がうつ病を克服!】

今日は「ナイナイの岡村隆史がうつ病を克服」をテーマに書いてみたいと思います

ナイナイの岡村隆史が、うつ病と呼ばれている、精神疾患の病気をを克服されたと告白をされています。岡村隆史は2010年6月に、体調不良で休養すると発表し、同年11月までこの病気で休養していました。

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ここでまずは、岡村隆史さんのプロフィールを簡単に載せておきましょう。生年月日は、1970年7月3日、出身は大阪府大阪市東淀川区、身長は156.5cmと、かなり小柄ですね、血液型はB型、所属事務所は、お笑い界では有名な吉本興業です。岡村隆史は、高校時代は、サッカー部に所属していたそうで、サッカー部の一年後輩の、矢部浩之に誘われて、お笑い芸人を目指したそうです。

お笑いコンビ、ナインティナインのボケ担当をされています。
うつ病を克服した岡村隆史の画像.png
芸人としての活躍は、皆さんがご存知のとおりですが、2010年5月頃から体調不良が続き、7月から仕事を半年間休養し、その後は病気のため、うつ病の症状克服に努めたそうです。

その頃には、芸能界を、ほんとうに辞めようと思ったほど症状は深刻だったようです。

岡村隆史は、人見知りをする性格で、タモリからも、あまりにも人見知りが激しい岡村隆史に、その性格をなんとかいしろっと、つっこまれたことがあるほどだと言います。

かなりの人見知りであるのですが、カメラ前では視聴者を楽しませる、あのハイテンションで、多くの笑いを提供していますが、カメラから離れた後は、別人のようにおとなしくなると言われていて、岡村隆史の中でも、テンションの落差が非常に大きいそうです。

こういう状態を別の言葉で言えば、生き方がすでに躁うつ状態ともいえます。

ちなみに、明石家さんまは、テレビで見るテンションと、私生活でのテンションに差が全くないと言われていて、つねに躁状態であるという指摘もされています。

うつ病を告白されている岡村隆史は、すでにこの病気を克服をしたといいますが、先ほどの様子から考えられるのは、うつ病の中の「躁うつ病」という症状が、普段から岡村隆史の中に潜んでいたというものです。

カメラの前ではハイテンション、カメラから見えなくなると急におとなしくなる。岡村隆史は、繊細な性格ゆえに、物事を真面目に捉えすぎて、うつ病を発症した可能性もあるのではないでしょうか?

現代では、うつ病の人はとても多いそうですね。

特に真面目な人がなりやすく、心が風邪を引くという表現もされているほど、多くの人がうつ病という病気になりやすいようですが、実はこの記事を書いているわたしも、以前はうつ病の症状を抱えており克服してきました。

岡村隆史がうつ病の中の、躁うつ病であるのでは?と考えられるのは、この躁うつ病が、気分が高まったり、落ち込んだりという躁状態と、うつ状態を繰り返すからです。

躁うつ病は一般的に、双極性障害といいます。岡村隆史のような有名人だけではなく、一般人でも有名人でも、誰にでもかかる可能性があるうつ病の症状です。




およそ100人に1人かかると言われていて、躁うつ病にかかる人は男女差はありません。

20代から30代前後に発症することが多いと言われていて、若い人や年配の方と、幅広く患者がいるといわれています。

この、岡村隆史も当てはまる躁うつ病、双極性障害とは、激しい躁状態と、うつ状態がある双極Ⅰ型と、軽い躁状態(軽躁状態)と、うつ状態がある双極Ⅱ型に分かれています。

岡村隆史がうつ病だったと話していますが、このうつ病と双極性障害は、違う病気であるといいます。うつ病は気分の落ち込みや、不眠などのうつ症状だけが見られる病気なのですが、双極性障害は、躁状態とうつ状態が入り混じっている、いわゆる混合状態となることもあり、複雑な症状であるといいます。

それでは、躁状態とうつ状態の違いについて見ていきます。

まずは躁状態から

◎ エネルギーにあふれ、気分も高まっている

◎ 怒りっぽくなる

◎ おしゃべりになる

◎ 元気になった気になる

◎ 急に偉くなったような気になる

◎ なんでも出来る気になる

次にうつ状態

◎ 死にたくなる

◎ 何も手に付かない

◎ 疲れやすい

◎ 寝てばかりいる

◎ 気分が落ち込む

◎ やる気が起きない

◎ 楽しめない

そして、この病気の症状は、診断がとても難しい症状であると言われています。岡村隆史のように、うつ病の症状を訴えて受診した患者の中に、この躁うつ病(双極性障害)が含まれているというデーターもあります。

うつ病で受診した患者の16%が、診断後、双極性障害だったと判明するケースも多くあり、病気としてうつ病と一口にいっても、様々な症状があるようです。

岡村隆史も告白をしているうつ病などは、心身ともに健康な方には理解されにくい症状でもあります。

わたしも、初めは周囲からまったく理解されなくて、甘えているんだ、怠け病だと言われてもしまいまして、悲しい思いをしたものでした。

動きたくても、自分の思うとおりに、心も体も動かなくなってしまうという悪循環の中で、怠け病だと言われることでさらに傷ついていき、どんどんうつ病は深刻化していきました。

決して、理解出来ない周囲の人に問題があるわけではなく、うつ病などの症状は、経験してみなければ理解できないものでもありますから、誰が悪いわけではありません.

わたしも、働きたいのだけれど、パニック障害の、パニック発作が出てしまうので、結局、当時頑張って働いていたアルバイト先も辞めることにして、病気と向き合いながら、症状克服に専念するしかなかったのですが、5ヶ月間休養をされた岡村隆史は、うつ病を克服するために、休むという選択に、かなり葛藤されたそうです。そのお気持ち、経験者として、ほんとうによく理解できるものでもあります。
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うつ病を抱えるほどのストレスは、自分が自覚できないほどの負担を、心身にかけていたのだと、今ならよく理解できるのですけれど、当時はそれに気づくことができずに、闇雲に頑張ればなんとかなるという思いで、頑張ることをやめられずに、さらなる負担を自分にかけていたようです。

私自身も経験がありますが、当時は、うつ病という症状自体が、社会的に認知されていなかった時代だったため、家族には、なんと!「気合で治せ」っと発破をかけられ、途方にくれたものでした。

え?こんなに頑張ってやってきたのに、こうなっちゃったんですけど、さらに気合を入れるんですか?と、心の奥底で、強いツッコミを入れつつ、当時は言葉にすることが出来ず、どうしようと、本当に孤独だったことをよく覚えています。

うつ病を克服した岡村隆史さんも、もっと頑張らなければと思っていたそうです。

そうやってさらに自分を追い込んで負担をかけることで、症状はどんどん膨らんでいったそうです。

岡村隆史も、真面目な性格だそうですが、お笑い芸人であり、忙しい仕事や、様々な責任がのしかかってくる重圧、さらに仕事柄不規則になりがちな生活スタイルや、食生活なども関係して、様々なことが絡み合っての発症となった可能性はあるのではないでしょうか?


日本では、生涯に一度はうつ病という病気になる人は、15人に1人いるそうです。そして医療機関にかかっている、うつ病患者の数は、なんと100万人以上もいると言われています。

さらに、厚生労働省が行った調査では、わたしもその中のひとりなのですが、医師を受診していないうつ病患者は、4人に3人と、このような数字が出ているようです。

お薬を飲みたくないとか、医者通いをしているのを周囲の人達に、病気だと知られたくない、などと恥ずかしく感じる思いもあって、受診をされない人も多いようです。

うつ病を克服する人ためには、ひとりひとりに違ったケアの仕方が必要となるようです。

悩みは人それぞれですからね。

すでに克服されていますが、うつ病だった岡村隆史のように、真面目なタイプの人ほどなりやすいのは、やはりどこかでストレスを発散する生き方が、真面目さゆえに難しい部分があるようです。

自身のことを振り返っても、真面目というか繊細というか、様々なものを気にしすぎる傾向が強かったのだなと理解できています。

もともと日本人は、うつ病気質を強く持っているとも言われています。

わびさびという感覚を持っている日本人ですから、とても繊細で、自然とともに共存して生き抜くために発達したと言われている、鋭い感性がうつ病の元にもなりやすいのかもしれませんね。

うつ病とは奥の深いものでもあるのですね。
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2010年6月から、岡村隆史がうつ病で休養をしたとき、夜は9時消灯だったと言います。2014年現在も続いている、ナインティナインのオールナイトニッポンの放送時間が近づくと、「ああ始まるなぁ」と思っていたと言います。

しかし、休養しているため「仕方ない」と自分に言い聞かせ、9時消灯で仕方なく寝ていたようですが、12時頃には目がさめ、ラジオが始まる1時が近づくと、ああ始まる・・・と、また思いながら、悶々としながら休養していたとラジオで笑いながら話しています。

ちなみに、うつ病がひどくなった時期の私も、同じように朝がくると、これまで働いていたのに、動けなくなった自分を持て余しながら、「ああ、今日も同じ1日が始まる」と思い、悶々としながら、目の前の症状を、どうやって解決したらいいのかに、ほとほと悩んだものでした。

先ほどの、岡村隆史の言葉からも、うつ病を発症するまで頑張るほど、仕事をこなしていたことは、読み取れます。本当に日々、がむしゃらに仕事をし続けていたのでしょう。

そんな忙しい日々の中で、段々と岡村隆史の中で、抑えきれなくなるように、ある症状が現れ始めたといいます。

休養する前、岡村隆史は、うつ病のような症状をすでに出しながら、楽屋でテーブルに腰掛けて、いきなり相方の矢部浩之に向かって、「相方お金ない」と言い出しました。

財布を出して、お金がこれだけしかないと、不安がるように訴え、お金がない、お金がないと繰り返す岡村隆史、コントなら面白いのですが、岡村隆史本人は、本気でお金がないと思い込んでいたと話します。

これは、財布の中身しかお金がないと思い込んでしまったと、後になって笑い話にしていますが、それがきっかけとなり、周囲が休ませようと決めたそうです。

お金ない、お金ない、岡村隆史は、念仏をつぶやくようにそう繰り返すのですから、周囲も「やばい・・・」と思ったのでしょう。

その後、今度は自分の匂いが気になってしょうがなくなり、相方に「オレ臭くない?」と繰り返し聞くようになりました。

その頃から、体力が落ちているのが自分でも分かっていたといいます。電話を取る手ですら重く感じられ、しんどかったと話しています。

これはうつ病という病気の症状の、特徴的なものです。とても身体が怠く、重く感じるうつ病患者は多いと言われています。

休養してからは、煙草もやめ、健康的な生活を送るようになった岡村隆史、その後、うつ病治療をし、克服を目指していた頃、マネージャーがやってきて、ハーゲンダッツのアイスクリームを持ってきてくれました。

元々甘党ではなかった岡村隆史、ストロベリー味を食べた途端「すげぇー旨い!」と言いながら、次々アイスを食べ続けたといいます。

これらは、経験者の私の個人的な見解となりますが、それまで甘いものをほとんど食べたことがなかったと岡村隆史が話すように、体と心の大きなブレが、うつ病という病気を出すことで、バランスを取り戻そうと働いた、自然治癒力が関係しているのではないかと、考えられるのです。

それまでの人生で、うつ病になるなんて、岡村隆史本人ですら考えたこともなかったでしょう、それほど実は、なにかに偏った生き方をしていたために、まるでその偏りを整えるように、自然治癒力が発動し、辞めた煙草の代わりに、甘いものを補うことで、うつ病という症状を出しながら、それらを克服しながら、心身のバランスを整えるために、アイスクリームにはまっていったと考えるのは、とても自然です。

忙しい日常の中で、仕事仕事、そして仕事・・・自分を甘やかすようなことはあまりせず、偏った食事や生き方や生活スタイルを続けていたために、うつ病という病気を発症させることで、これバランス悪いよと、身体が教えてくれたのだと捉えれば、実は岡村隆史にとってうつ病は、有り難いブザーのようなものでもあったと考えられます。

うつ病で休業する前の岡村隆史は、自分の匂いに非常に敏感になり、自分は臭いのではと思い込んでしまわれたり、お金があったとしても、働かなければお金がなくなるという恐怖心に怯えて、うつ病が深刻化していったようですが、これは先程も書いた、自然と共存して生き抜いてきた、日本人の先祖が経験してきた、DNAも絡んでの症状であるのかもしれません。

繊細で匂いに敏感でなければ、自然を相手にしながら生き抜く強さは育まれませんから、うつ病とは国土に根付いてしまった、感性でもあると表現出来るのではないでしょうか?(外国人だってうつ病になるじゃないかと、ツッコミが入ること前提で書いています)。

シンプルでなければ生き抜けなかった先祖たち、現代人は、便利な暮らしの中で、そういう先祖たちの持っていた繊細な力を、うつ病という形で表現し、心を追い込むことによって、再度、私達が本来持っているはずの、とても繊細な力(お互いを思いやる心)を、バージョンアップさせているのかもしれませんね。

そして便利な世の中で育ち、生き方を、ひとつに決めつけられてしまったわたしたちは、本来なら沢山の側面を持っているので、一概にこの人はこうだと決めつけられないのですけれど、社会生活を営むうえでは、無理をしてでも、頼される人間を演じなければならない部分も多く、ときにハメをハズしたくても、岡村隆史のような真面目な人ほど、どうやって気を楽にすればいいのか、考えれば考えるほどわからなくなり、思考の迷路にはまりこんでしまいがちになります。

うつ病だった岡村隆史も、病気を発症して克服していくプロセスの中で、どこかでもういいやって、自分を開放してあげようという意識が湧き上がってきたそうです。

これは、周囲の人の助けもあったから、気づけたものでもあるのでしょう

岡村隆史にとって、相方の矢部浩之が、病気を理解しながら受け入れてくれて、休養するためのフォローをしてくれた態度などは、うつ病を克服していくために、心理的に、とても助けになったのではないでしょうか?周囲の人の態度ひとつで、うつ病の症状は、どんどん楽にもなっていくものです。そして克服していく力にもなるものです。

人を追い込めるのも人、人を包み込めるのもまた人なのですよね!

先程から書いている、うつ病で休養し、この病気を克服した岡村隆史が、休養前に話していた言葉が気になります。「お金がない、お金がない」という、念仏のように唱えたあの言葉です。

これは、貧困妄想と呼ばれるもので、実はうつ病の症状だと言われているものです。うつ病の症状は、細かいものでもありますから、人によって様々なケースがあるようです。

うつ病の症状のひとつ「貧困妄想」は、文字通り貧困であるという妄想に、取り憑かれてしまうという症状です。岡村隆史も、実際には銀行に行けばお金はあるはずなのに、お金がない、お金がないと、財布の中のお金だけを見て、そうつぶやき続けていたといいます。

貧困妄想となると、実際にはお金があるにも関わらず、貧困であると思い込んでしまう、うつ病の症状です。

この原因は、脳の一部の血流が著しく低下していることであると言われています。そのため、気分の落ち込みがひどくなり、うつ病の症状が出てくると言われています。

普通は、この貧困妄想から、この人はうつ病なのでは?と気づいたり、見つけることは難しいと言われています。脳の機能が低下することで、自分の持っているお金を、きちんと認識できなくなることで起きると言われる貧困妄想、岡村隆史は、すでにお金がないと念仏を唱えるようにつぶやいていた頃から、脳の機能が低下していたと考えられるようです。

実は、うつ病になると3つの妄想を起こすことが多いと言われています。

◎ 貧困妄想

これは、無事、うつ病を克服して、病気を笑いにしながら仕事を続けている、岡村隆史が起こした妄想

◎心気妄想

これは、自分は病気ではないかと思い込むものです。頭が痛いだけで、脳梗塞では?と心配したりする・・・

◎ 罪業妄想

自分は罪深い存在なのではないかと思い込み、深く落ち込んでしまう状態です。数年前に落ちていた、拾いものを拾ったために、自分は逮捕されてしまうのではないか?などと妄想してしまうもの。

この3つを総称して、微小妄想といいます。何故そうつけられたのか?自分は小さい存在であると思うところから、そうつけられました。

この3つの妄想全部が出てきた場合・・・すでにその人は、重度のうつ病であるそうです。

人生生きていれば、色々と考えこんだり、ふさぎ込みたくなる出来事は起こってきますが、このような、普通ではないほど自分を追い込む妄想が出てくると、注意どころか、なにかの対処をしなけれなりません。

うつ病になる方には、様々な背景があるかと思います。

そしてうつ病を克服するために大切なものは、人それぞれなので、一概にどうこう言えるものではありませんけれど、うつ病などの症状を克服するために、わたしがやってきた経験も含めて、これからこのブログで記事を書き綴っていきたいと思います。

人間には、感動できるという優れた感情がありますが、うつ病になると、これらを感じることが、とてもむずかしくなってしまいます。

何故なら、なにもかもが、八方塞がりに思えて、周囲のどんなことにも、興味が沸かない状態となっているからでもあります。

岡村隆史が抱えた、うつ病という病気は、医学的にはどうこう言えるのでしょうが、個人的経験から、非常に、感性が鈍感になっているとも言えるのです。

そのため、多くのことに感心が向かず、まるで重箱の隅をつつくような考え方をしてしまい、さらに症状が悪化していることに、本人すら気づけません。

個人的にもそうでしたが、自分が何に囚われ、そして追い込まれているのかすら、理解できなかったのですが、克服していくプロセスの中で、自分にとって、うつ病が一体どんなものなのかが、徐々に明らかになっていき、どれだけ、本来の自分の感覚から、私という存在がぶれていたのかを、痛感させられてきました。

社会に合わせて、どんどん自分を取り繕って、本当は嫌なのに、あははと笑顔で請け負ってみたりする中で、どんどん、自分の本心からずれていったことで、大きくバランスを崩してしまった経験から、岡村隆史が、あのタイミングで、うつ病という病気と向き合え、克服出来たのは、実はとてもラッキーだったのだと、個人的には思います。

症状が出る、病気になる、そのことで、人生を一旦休憩して、自分は一体何がしたかったんだっけ?と、問い直し、見つめ直せる時間をいただけたと考えれば、悲観することも、うつ病になったことを、ネガティブに捉えることもないと、経験者としては思います。

人生の途中で、一旦乗っていた電車を降りて、周囲の景色を楽しむ時間がいただけたのだと考え、静養しながら克服することも、後に違った人生展開へと繋がるのでは?と、個人的に思います。

あなたの心が辛いなら、それが正直な本音!ならば、そこから抜け出すために、できる事をやっていくしかない、辛い=やりたくないのに、それを続けていくなんて、自分が可愛そうだと、私も悟った時に、少しずつ回復の糸口が見つかっていき、克服することが出来ました。

岡村隆史が抱えたうつ病を、現在も抱えて、病気なんだとネガティブに考えて、自分を追い込んでいる人も、いるかもしれないけれど、違う、あなたは自分に、正直に生きようとしているだけなんだよ。

そう、克服した経験者として、お伝えさせてください。

うつ病は、甘えでも怠け者でもない、自分が被った、社会的な人間として生きてしまった部分の、殻を破っただけなんだと、そういう見方をしても、いいのではと思います。

これまでの社会システムは、知性を重要視してきましたが、脳科学の研究が進んだお陰で、これらが解決の方向に向かっていることで、人間のうつ病は、増えたのではないかと、個人的に思います。

何故なら、本来人間は、とても豊かな感受性や感情を持っている、素晴らしい存在でもあるからです。

実は、人工知能は現在、グーグルなどが積極的に開発に関わって、どんどん発達していますが、1990年代に、脳科学の世界で、それまでの脳の捉え方が、基本的に間違っていたことに、研究者達が気づいたため、人工知能の研究は、一度止まってしまったそうです。

コンピューターは、人間の脳を超えて、情報処理が出来るため、一時期、これらが人間を越えていくのではと、恐れられた時期があったようです。映画などでも、これらの表現がされたものが、数多く作られましたよね?

例えば「ターミネーター」など、ロボットが人間を破壊するのではという、ちょっとネガティブワールドな世界観が表現されていました。

ですが、その後の研究で、コンピューターには、人間が簡単に出来る判断が出来ないということが分かったのです。

例えば、小さな子供がいたとします。大事に育てている、可愛らしい子供を人間が抱き上げ、移動させる時には、非常に繊細な動きをし、少しでも子供が傷つかないように、そっと運びますよね?

ですが、ロボットは、これが理解できないため、器械的にどんと運んでしまいます。子供が怖がったり、痛い思いをすることが理解できないため、状況判断が出来ないということが分かったのです。

ですから、結論的には、人間と同じ脳の働きをする人工知能は、つくることが不可能だということがわかったのです。
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人間には、直感的な判断力が備わっています、これがあるからこそ、人は感動したり、人に恋をしたりと、様々な経験が出来、それらを楽しんだり、右往左往したり、病を克服する知恵も生まれてくる。

うつ病が蔓延した現代社会は、知性を重視をしていた考え方を、病気という形で表現し、社会的な歪みを、整えようとした、実は人間の直感力や、叡智なのではないかと、個人的には思っています。

人間はロボットではありません、感情豊かな、感動する心を持った存在だということを、忘れてはいけないと、個人的に思います。

科学者として有名な、アインシュタインの発言に、「感動することをやめた人は、生きていないと同じことである」というものがあります。

個人的に、うつ病はまさに、感動することを忘れてしまった状態でもありました。自分を生きていない、だから心が固まってしまった状態ともいえる。

あの頃は、食欲もなく、何を見ても、食べても、味も感じられないし、感動する心すら失っていました。人間にしか出来ないことを、社会が今後どんどんやっていくことが、これらを克服するためには、大事なのではと、思います。

うつ病をどう捉えるかは、人それぞれです、ただ、経験者として、そう実感してきたという話ですので、1つの可能性であると捉えてください。

うつ病だった岡村隆史さん、克服されて元気になられて、病気を笑いのネタにまで出来るようになって、ほんとうに良かったですね






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